石川県は金沢市の隣、野々市(ののいち)市の閑静な住宅街にたたずむ二つ星『すし処 めくみ』。金沢市の市街地からタクシーで20〜30分を要する場所にもかかわらず、全国から鮨を愛する食通たちがこぞって訪れるのは、ストイックに魚と向き合う鮨職人・山口尚亨(やまぐち たかよし)氏の渾身の握りに魅了されるからだ。
銀座の老舗『ほかけ』を皮切りに、東京都内の鮨店3軒で修業した後、石川に帰郷。2002年に『すし処 めくみ』を開店した山口氏。「目指すのは石川県との調和。めくみにきて石川の海を感じてもらいたい」との想いから、めくみの鮨は、これまで培った江戸前を独自に進化させた能登前である。毎朝250キロ、約2時間車を走らせ能登の七尾港に仕入れに行き、店へ戻ると同時に仕込みを丹念に始めるほど、地元の鮨ダネを最高の状態で提供するために、寝る間も惜しまない。
『すし処 めくみ』の能登前鮨には雑味がない。無垢である。それは、素材を原理から突き詰める山口氏の手腕ゆえ。たとえば、ブリの最適な熟成期間は2週間。脂肪酸やイノシン酸、アミノ酸の成分研究から、最もうま味の出るタイミングを計り、山口氏の握りに昇華させる最上の条件に行きついた結果である。蒸しアワビは、季節ごとに脂の乗り方が違うので、コラーゲンの含有量を計算して蒸す時間を見極める。毛ガニにおいてはその個体差を考え、ゆで時間を数秒単位で調整する。更には東京大学と共同でうま味成分や香りの成分を研究するなど余念が無い。酢飯は、米のうま味を引き出す為にササニシキとササシグレをブレンドし、湯炊きのデメリットを改良した独自の炊き方で提供。「上が旦那で下が嫁。鮨ダネと酢飯、どちらが主張しずぎてもダメ。50%・50%で」と山口氏は話す。北陸のものを中心に10種類ほど揃う日本酒や、中国茶ほか6種類のお茶を提供するティーペアリングなど、『すし処 めくみ』での食体験をより豊かにすることに余念がない。
7席のカウンターは柾目のヒノキの一枚板。皿はすべて石川県の九谷焼窯元・須田菁華作で揃えるなど、道具や器までもするどい目利きで、納得いく空間を作り上げる。能登の魚と対峙し、さらなる高みを目指す『すし処 めくみ』に、今日も全国から鮨通の足が遠のくことはない。
■アクセス
JR北陸本線(米原〜富山)「野々市駅」よりタクシーで10分
JR北陸本線(米原〜富山) 「松任駅」よりタクシーで10分