「良い店とは何か」。その本質と向き合うなかで、やはり「サービス」の良さが必要不可欠であり、中でも良いソムリエがいるレストランは、名店であることが少なくありません。そんな中、いま最も注目を集めているのが、二つ星のフレンチスレトラン『エスキス』で総支配人兼ソムリエを務めている若林英司氏。2024年に発表された世界的グルメガイドにて、新たに設けられた「ソムリエアワード」を受賞し脚光を浴びている若林氏に、これまでのキャリアや自身のソムリエ哲学、未来を担う若いソムリエの育成などについて伺いました。
| 目次 |
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| 憧れから始まった職業で、サービスの土台となった一流店の教え |
| 支配人という立場で気づきを得た、お客様がリピートする理由 |
| ペアリングの幅や質を高めながら、現場で鍛え上げるプロの接客 |
| 積極的に任せていくスタンスで成果を得る、若いソムリエの育成 |
憧れから始まった職業で、サービスの土台となった一流店の教え
―――若林さんがソムリエを目指されたきっかけについて教えてください。若林氏 初めて就職した会社が、地元の長野県で観光事業をやっていて、たまたま配属されたのがホテルでした。サービスのことなど何も知らない状態でベルボーイをやったり、レストランで働いたりしていました。いまから40年ぐらい前の話ですね。当時はワインの知識など何もなく、あるときのディナーで、お客様に赤ワインを冷えた状態でお出ししたことがありました。その翌朝の朝食のときに、前日のディナーにいらしていたお客様がご自身の赤ワインをお持ちになり、「これを飲んでごらん」と渡されました。それを実際に飲んでみると、すごくおいしかったんです。それまでは、ワインは酸っぱくて苦くておいしくないものだと思っていたのですが、そのできごとをきっかけに、ワインについてもっと知りたいと思うようになりました。
―――ソムリエの道を志すなかで、影響を受けた方はいらっしゃいますか?
若林氏 ワインの勉強をしようと思っていた時に読んでいた「専門料理」(柴田書店)という雑誌に、ソムリエのコンクールの決勝の記事が掲載されたのですが、そこに載っていた木村克己さんが、のちに私の師匠になります。木村さんが着ていた服が、ワインレッドの蝶ネクタイに、派手なタブリエを巻いていて、その姿がとても格好よくて。その時に初めてソムリエという仕事があることを知りました。それと同時に、「まずはこの方に会いに行こう」と思い立ち、当時、木村さんが働いていた神戸の『アランシャペル』まで食事に行きました。実際にお会いしてみて、話し方にも惹かれましたし、ワインリストが手書きだったので、ただならぬこだわりを感じました。
―――その後は、木村さんのアドバイスで進路を決めていったのですか?
若林氏 そうですね。木村さんが『アランシャペル』を退職されて、東京に「アカデミー・デュ・ヴァン」というワインスクールを立ち上げたので、そこに入校して長野から毎週通いました。その際に、木村さんに今後のキャリアの相談をしたときに、まずは環境を変えたほうが良いということで、紹介いただいた浜松のレストランに転職。そのあとは、ご存じかも知れませんが、小田原の『ステラ・マリス』で働き、ここで吉野 建シェフと出会いました。その時に、フランス料理とはこういうものだという理解が深まり、料理に対してのワインの存在の大きさを感じました。
―――若林さんのソムリエ人生で、ターニングポイントとなった経験を教えてください。
若林氏 『ステラ・マリス』の次に、9年間働いた『タイユバン・ロブション』*での経験が大きいですね。この店は1994年10月にオープンしたのですが、オープンして少し経って知人から声がかかり働くことになりました。『タイユバン・ロブション』は、当時の料理人やサービスマンにとって、花形とも言える憧れの店でした。そのころは、いまよりもワインが安く、質の高いものがたくさんありました。毎日30本以上も高級ワインを抜いていたんです。「ドメーヌ・ルフレーヴ」というすばらしいワインですとか、「シャトー・ラトゥール」は毎日5~6本を抜いていました。ワインはすべてパリの在庫だったので、状態もすごくよくて、そこでワインの本質を知ることができました。いまの若い方だと、数多くの高級ワインに触れる機会がなかなかないと思いますので、かなり貴重な経験でした。
*『ガストロノミー ジョエル・ロブション』の前身となる店。同店はフランスの三つ星レストラン『タイユバン』と『ジョエル・ロブション』が融合した、“夢のフランス料理店”とも言われ、全国から選りすぐりの料理人やサービスマンが集まった。
『タイユバン・ロブション』は、料理は「ロブション」、サービスは「タイユバン」が担当していました。タイユバンのサービスは、「自分の家にお客様をお招きするように、柔らかくアットホームに」という教えがあります。自然体でサービスをすることが求められましたね。私の中でソムリエとしての基礎ができた状態で、このタイユバンのサービスの考えのもとで、ワインを通じてお客様に出会えた経験が、いまの私の土台となっています。
支配人という立場で気づきを得た、お客様がリピートする理由
―――『タイユバン・ロブション』のあとに、『タテルヨシノ』、そして現在の『エスキス』で、店の立ち上げから、ソムリエだけでなく支配人も務められています。お客様に来ていただく店づくりという観点で、考え方に変化はありましたか?若林氏 『タテルヨシノ』に入ってから、『タイユバン・ロブション』のすごさを感じました。ありがたいことに、『タイユバン・ロブション』時代のお客様もたくさん来ていただいたのですが、そこからリピートする方は10%でした。要するに『タイユバン・ロブション』というお店に行くステータスやそこで働いている私に会いに来ていた、ということです。
ですので、『タテルヨシノ』で働いていたころから前の店のお客様を連れてくるという考え方はやめて、吉野シェフのクラシックな料理をどのように売っていくか、ワインの提供やメートルのサービスを試行錯誤しました。その結果、当時は一つ星の獲得と、直営店3店舗まで展開しました。『エスキス』に入ってからも同じですね。まず料理が違いますので。『エスキス』は、いま13年営業していますが、驚くほどリピーターが多いです。オープンしてから13年の間で100回以上来店されている方が10組ほど、50回オーバーの方は数えきれないほどいらっしゃいます。
―――リピーターが多い理由は、どのようにお考えでしょうか?
若林氏 シェフの料理にあると思います。シェフのリオネル・ベカは、日本に来て18年ぐらいになりますが、元々「トロワグロ」(『キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ』)でシェフをしていました。『エスキス』では、フランス料理をベースとして、シェフが生まれた南フランスや日本の文化が融合した先進的な料理を作っていて、軽やかでありながら味わい深い料理が特徴です。
例えば、いまお出ししているもので「光|いくら バターナッツ ホオズキ」という料理があります。イクラを白醤油と味醂につけて、サフラン風味の白ワインを軽くなじませて、そこにバターナッツかぼちゃのムースとフロマージュブラン、エシャロット、パセリ、シブレット、オレンジの皮とフルーツほおずき、上からイクラをたっぷりかけていただきます。見た目は和ですが、食べたらフランス料理なんです。イクラを食べた際の溶け方が日本料理で出るイクラとは違って一瞬でなくなって、シャキシャキのバターナッツ、サフランの香りを包み込み広がっていきます。いままで食べたことがないおいしさで、3口ぐらいで食べ終わってしまう。このような料理が続くから、お客様は楽しくてしょうがないんですよね。
ペアリングの幅や質を高めながら、現場で鍛え上げるプロの接客
―――ペアリングのスキルが上がったと感じた経験はありますか?若林氏 『エスキス』に入ってからは、ペアリングの幅が広がりました。リオネルシェフは、素材を引き立てる料理が多いため、これまで経験してきたレストランとワインの向き合い方もまったく異なります。一時期、日本酒のブームがありましたが、シェフの料理には日本酒、ナチュールワイン、オレンジワイン、クラシックなワインなど、幅広く合わせられます。考え方の本質を知ると、いろいろなお酒が合わせられます。『エスキス』でペアリングを行うことは、私にとってワクワクする日々の連続で、ワインに対する考え方もアップデートできています。
あとは、料理研究家の大原千鶴さんと「あてなよる」(NHK)という番組を担当していたことがあって、その経験も生きています。芸能人のゲストを2人お招きして、料理とお酒を振る舞うトーク番組で、毎回テーマを変えて、大原さんが料理を作り、私がそれに合うワイン、日本酒、カクテル、ビールなどのお酒を選んで、その選んだ理由などをコメントしていました。撮影前の試食会で、ディレクターの方から、むちゃぶりのようなペアリングのリクエストが飛んでくることもあって、それに対応していたことも結構楽しかったです。この経験によって、考え方がすごく柔軟になりました。ペアリングは「こうじゃないといけない」ではなく、「こうなったらおもしろいよね」、と考えるようになったことで、普段のソムリエとしての仕事のパフォーマンスも上がりました。
―――ソムリエという仕事は、お客様への寄り添い方が重要な職業だと思いますが、日々の営業で意識されていることを教えてください。
若林氏 お客様が何気なく言った一言を覚えておくことが、良いサービスにつながると考えています。例えば、好みのお話で「昨日は〇〇を食べた」とか、「この間このワイン飲んだね」とか、私がワインの話を振ったときにお客様のテンションが上がっていれば、この方はこのワイン好きなんだなとか、その話し方や目を見ればだいたい分かります。ペアリングに関しては、リクエストがない限りは、事前に用意をすることはないです。それは、お客様がどなたといらっしゃるか分からないですし、その日の洋服や天気などでも、飲みたくなるワインが変わると思うからです。具体的にいうと、日が差し込む暖かい部屋で、最初に重厚なワインは飲みたくないですよね。そんな日はちょっと酸味が効いたフレッシュな白ワインにしようとか、赤ならタンニンが効いたものではなく、しなやかに飲めるワインにしよう、といった感じです。
―――空気を読みながらペアリングを進めていくのですね。
若林氏 そうですね。昨日いらっしゃったお客様でもそのようなできごとがありました。DRCを注文いただいて、「この開けたての香りがいいんだよね、でも味がまだ開いてこないんだ」とおっしゃっていたときに、料理は魚まで出ていました。ワインの味を開かせるためには、ある程度時間をおく必要がありますが、次に肉料理がでるタイミングで、私はあえてその席で会話を始めました。DRCの何年物はこういう味わいという話ですとか、魚料理の一つ前に椎茸のお皿をお出ししたのですが、椎茸のだし感とワインとの相性の話ですとか、そういった話をしていくと、すぐに10~15分が経ちます。そのタイミングで肉料理をお出したときに、赤ワインもちょうどよい味わいになっているので、お客様からも「おいしくなった」と言っていただけました。このように、ワインの味が開くまでの時間にあえてその場をつなぐ話を、お客様には分からないようにやっていますが、それができるのがプロだと考えています。
積極的に任せていくスタンスで成果を得る、若いソムリエの育成
―――若林さんの接客のレベルに達するためには、ある程度のキャリアを積む必要があると思いますが、お店の若いソムリエやサービスの方々には、どのような指導をされているのでしょうか?若林氏 最近感じるのは、若い子に「こうやって」と言うと、彼ら彼女らは面白くないし反発するんですよ。任せて考えさせることが重要です。何かあったら私が責任を取ればいいだけの話なので。いまでは若い子から「このワイン抜いていいですか」と聞かれたなら、「聞かなくていいからやっていいよ。その代わり何か抜いたら共有してね」と伝えています。ロス率も考える必要があるので、残りのワインを私が売ったりしています。そうやって任せていくと、自然と私が好きなワインを用意してきます。その際には、「僕と同じワインを用意する必要はまったくない。自分で考えて自分でお客様をつくっていけばいい。それがこの店にとってのあなたの価値であり、それが貢献だよ」と伝えています。結果として、みんなそれぞれのスタイルでお客様をつくっていて、私がつくることができないお客様をつくっていることには感謝しかないですね。
―――テクニック的な指導として伝えていることはありますか?
若林氏 先ほど肉料理までのつなぎの話をしましたが、これは5W1Hに当てはめて話していけば、10分ぐらいはつなぐことができると教えています。例えば、今日のような天気であればこのようなワインがおすすめで、みたいな話を振ったときに、お客様からの返答によって話を進めていくみたいなイメージです。ただ、これはあえて長く話す場合で、基本的には料理やワインの説明は、なるべく15秒で、お客様に伝えたいことを自分の言葉で言いなさいと伝えています。
―――説明を15秒で終わらせるには、どのような意図があるのでしょうか?
若林氏 料理やワインをお出しして、すぐに離れるのも良くないですし、話しすぎは自信がないことの裏返しになるので、そのベストなバランスが15秒ぐらいかなと。お客様にもう少し話したいという余韻を残すコミュニケーションを取っておくと、料理の提供が詰まってきても、お客様にストレスを与えにくいと考えています。
特に1杯目のペアリングのコメントが重要ですね。そこでお客様に喜んでいただければ、あとは委ねていただけるので。ちなみに、当店ではコースに乾杯のシャンパーニュがついているので、そのシャンパーニュの説明をする際に、お客様が文系なのか理系なのかを見極めて、そのあとのワインの説明をアレンジしていきます。
若林氏 「情景」に反応する方は文系、「テクニカル」な部分に反応される方は理系と捉えています。「情景」とは、例えばボルドー地方は、真ん中に大きな川が流れていて、橋が2つしかないんです。その川の近くに粘度が高い土壌があるので、この土地でできたワインは、まろやかな味わいが特徴なんです、みたいな話です。「テクニカル」とは、ブドウの品種やビンテージの話などですね。ですので、最初のシャンパーニュの説明で、この2つを見極めて、その方が好みそうな話をしていきます。ただ、ペアリングは5~6杯ありますので、話の内容が単調にならないように、この「情景」と「テクニカル」を織り交ぜながら、話しています。
―――ありがとうございます。とても奥深いですね。最後に、今後の展望を教えてください。
若林氏 これからも引き続き、リオネルシェフの料理を多くの人に体験していただきたいです。そのため私たちソムリエチームやサービスのスタッフが、空間や飲み物、シェフの料理を理解して接客に臨んでいますので、そんな我々とのコミュニケーションを体験していただきたいです。あとは、「これでいいや」という妥協を絶対にしないことですね。「こうやったら面白いよね」みたいな感じで、常に未来を見て、ワクワクするようなことをしていきたいです。それが自分も含め、みんなの成長につながっていくと思います。
私個人としては、最後はワインをつくりたいですね。実際に、いとこが長野でワインをつくっているんです。まだ私が何か助言をしているとかではないですが。国産ワインは、今後も伸びる可能性があるので、いつかは生産者側にもなる未来も思い描いています。
【編集後記】
若林さんのお話を伺ったあとに思い浮かんだのは、「人を残すは一流」という有名な言葉でした。「自分の家にお客様をお招きするように、柔らかくアットホームに」という『タイユバン・ロブション』での教えをベースに、星付きレストランをゼロから立ち上げてきた経験と、ご自身も改善改良しながら成長していく姿が、確実に次世代を担う若いソムリエたちの育成にもつながっていると感じました。チーム・エスキスは、これからまだまだ成長していく。そんな感動の余韻にひたることができたインタビューでした。
【取材・文】白石直久
【撮影】キミヒロ
【写真提供(料理)】エスキス
| Restaurant Data | |
|---|---|
| 店名: | ESqUISSE(エスキス) |
| 住所: | 東京都中央区銀座5-4-6ロイヤルクリスタル銀座9F |
| 営業時間: | Lunch:12:00~L.O.13:00、Dinner:18:00~L.O. 20:00 |
| 定休日: | 水曜日 |